100 聖崎=宮島(広島県)懐かしくも切ない香しきかほり
099 八幡岬=大原(千葉県)なんで夷隅(えびす)なの?
098 八幡岬=勝浦(千葉県)歴史の不思議さを伝えてくれる岬..
097 天道岬・大ヶ岬=上総興津(千葉県)人はどこでも暮らせ..
096 入道ヶ岬・明神岬(千葉県)バスの運転手に話しかけないで..
095 浜行川岬(千葉県)アイランドの夢から醒めて
094 葛ヶ崎・松ヶ鼻=安房天津(千葉県)シーワールドの町は..
093 南無谷崎=南房総市(千葉県)南無阿弥陀仏と手を合わせ
092 大房岬=富浦(千葉県)黄色いカーネーションによせて
091 太東埼(千葉県)春風タイトウとはいいかねるが
番外:西都原古墳群(宮崎県)日本の歴史の先端は
090 戸崎鼻=青島(宮崎県)アオシマだ〜あ!
089 いるか岬(宮崎県)新婚旅行宮崎行ったでしょ(へそまが..
087 瀬平崎=富土(宮崎県)伊勢でなくとも伊勢エビはとれる..
086 鵜戸崎・日崎=鵜戸神宮(宮崎県)御崎に神宿りたまひて
085 都井岬=串間(宮崎県)おうまのおやこはなかよしこよし
084 猪崎=油津・大堂津(宮崎県)天気が悪いと景色も映えぬ
番外:カープ日南キャンプ(宮崎県)だってCARPとCAPEは..
083 黒崎=宇部常盤公園(山口県)カッタ君も飛んだ空
082 宇部岬(山口県)懐かしき町と人のこと
081 本山岬=小野田・宇部(山口県)時代も地形も花形も移り..
番外:竹の子島=下関(山口県)おもしろきこともなき世におもしろ..
080 川尻岬=油谷(山口県)棚田と海のここはすばらしい田舎
079 仙崎=北長門(山口県)朝やけ小やけだ大漁だ
078 亀ヶ崎=保田海岸(千葉県)見返り美人の里再び
077 大長崎=勝山海岸(千葉県)頼朝さんねえ人格を疑われま..
076 西ヶ崎・鬼ヶ崎=岩井袋(千葉県)袋の中身はなんだろう
075 明鐘岬=浜金谷(千葉県)風に乗りカモメ漂う
074 磯根崎=東京湾観音(千葉県)色即是空あると思えばない
073 富津岬(千葉県)死んだ筈だよお富さん
072 旗山崎・伊勢山崎=走水(神奈川県)さがむのおぬに
071 燈明崎・千代ヶ崎=浦賀(神奈川県)光明はたとえ一筋で..
070 雨崎=三浦海岸(神奈川県)道がほしい
069 荒崎=横須賀長井(神奈川県)大洋の彼方に何をみたか
068 赤根崎=熱海(静岡県)人はなぜ金色の夢をみるか
067 真鶴岬・磯崎(神奈川県)おひまならきてよね
066 照ヶ崎=大磯(神奈川県)戦後は遠くなりにけり
065 小動岬(神奈川県)こゆるぎも腰越状のおおゆるぎ
064 稲村ケ崎=鎌倉(神奈川県)剣投ぜし古戦場
063 大崎=逗子(神奈川県)これは2006年最後の夕日
062 長者ケ崎(神奈川県)その名の由来ももう忘れたが
061 宗谷岬=日本最北端(北海道)最果てに果てしなき
060 野寒布岬=稚内(北海道)アホウドリ?やっぱウミネコだ..
059 平久保崎=石垣島最北端(沖縄県)この先は尖閣諸島
058 黒崎の鼻(神奈川県)大きくもなく小さくもなく
057 安房崎(神奈川県)つながらぬ線路めぐりこぬ日々
056 長津呂崎=城ヶ島灯台(神奈川県)利休鼠に招き猫
055 剱崎=三浦半島(神奈川県)大根は剱にも似て
054 観音崎(神奈川県)あの頃キミは若かった
053 潮岬(和歌山県)いつかはきっとやってくる
052 佐多岬(鹿児島県)ここで本土はおしまいですぜ
051 喜屋武岬=摩文仁(沖縄県)黙ってなにを語らんとす

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050 日御碕(島根県)ただひとり立っている
049 御崎=赤穂(兵庫県)
048 金ヶ崎・万葉の岬=相生(兵庫県)
047 大王崎(三重県)
046 州崎=房総最西端(千葉県)
045 龍飛崎(青森県)
044 野付半島=トドワラ(北海道)
043 入道崎=男鹿半島(秋田県)
042 犬吠埼(千葉県)
041 長崎鼻=銚子(千葉県)
040 刑部岬(千葉県)
039 立石岬=敦賀(福井県)
038 御崎=香住・餘部(兵庫県)
037 佐田岬(愛媛県)
036 御神崎=川平(沖縄県)(沖縄県)(これは「御神崎」で..
035 南竜崎=平戸(長崎県)
034 詫間半島(香川県)
033 川奈崎(静岡県)
032 牛ノ首岬=脇野沢(青森県)
031 福浦崎=仏ケ浦(青森県)
030 潮見鼻=関門海峡(福岡県・山口県)
029 関崎=佐賀関(大分県)
028 しまなみ海道(愛媛県・広島県)
027 鍋島灯台=瀬戸大橋(香川県)
026 鳴戸岬/孫崎=大鳴門橋(兵庫県・徳島県)
025 鵜崎=明石海峡大橋(兵庫県)
024 能取岬=美岬(北海道)
023 松崎ヶ鼻=枕崎(鹿児島県)
022 阿伏兎=鞆(広島県)
021 御座岬=英虞湾(三重県)
020 大洗岬(茨城県)
019 御浜岬=戸田(静岡県)
018 大戸瀬崎=千畳敷(青森県)
017 納沙布岬(北海道)
016 倉橋島の鼻(広島県)
015 峰ケ崎=坊津(鹿児島県)
014 蒲生田岬(徳島県)
013 日ノ御埼(和歌山県)
012 花咲岬=車石(北海道)
011 野間岬(鹿児島県)
010 麦崎(三重県)
009 愛冠岬(北海道)
008 野島崎(千葉県)
007 鵜の尾岬=松川浦(福島県)
006 五浦海岸=二ツ島(茨城県)
005 越前岬(福井県)
004 波照間=日本最南端(沖縄県)
003 室戸岬(高知県)
002 禄剛崎(石川県)
001 地蔵崎=美保が関灯台(島根県)

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 ながらく休止しておりましたこのブログ。おひさしぶりの、新規投稿です。
 いろいろ模索中で、まだはっきりした行く末が見えているとはいえないのですが、現在So-netブログで隔日更新中の『でんでんむしの岬めぐり』と連動させることを考えてみました。
 というのも、『岬めぐり』もいつの間にか300件を超えることとなりました。このブログの性質上は、最近の書き込みだけというよりも、過去の書き込み全体を通じて見ていかないと、あまり意味がないのですが、So-netブログでは残念ながら過去の一覧を見るのが非常に不便なのです。
 そこで、休止中のこちらのブログを、INDEXとして活用できないか、と考えてみました。さて、うまくいきますかどうか、わかりませんが、試してみようと思います。
{2008/09/23)
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ページ数が246ページで1冊7,536円でした
 でんでんむしの場合、このブログを全部本にするように頼みました。あとで考えて思ったのは、目次をつけるのを忘れていたというより「インデックス」という項目があったのに、なんとなく別のことを想像してしまってこれをつけなかったこと、「はじめに」なども入力すればつけられたのですが、めんどうなのですっとばしたことでした。
 テストであっても、本の形にどこまでできるか、可能な限りやってもよかったですね。ともかく、そんなわけで、未完成不完全ながら、このブログ全部で246ページになりました。こうなると本の束(厚さ)も1センチを超えますので、ちゃんと背文字も入ってきます。
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 これで費用は「冊数:2冊 料金:15,647円 (印刷料金:15,072円、送料:575円)」となります。
 高いといえば高い。1冊7,536円という本は安くはないかもしれませんが、「ブログを残す方法として、本の形にして残す」という目的が、これでかなえられるなら、まあ満足ということになります。
 実は、コレとは別に縦書きのも試してみたのです。句集なんかもこの方法でできないか、とテストをしてみました。これは58ページだったので、「冊数:1冊 料金:1,785円 (印刷料金:1,260円、送料:525円)」でした。
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今後に残された問題点
 とりあえず「MyBooks.jp」をテストしてみて、いくつかの問題点も感じました。それらについて最後に挙げておいて、今後の改良を期待したいと思います。
■?■ まず、その縦書きですが、句集はやはりちょっと無理かな、というふうに思いました。句集は1ページに数句というのが普通ですが、こういったレイアウトができないし、本文の文字が小さくなり過ぎてしまうのです。こういうことにはブログをそのままというのではまったく対応できないのです。
■?■ 表紙のデザインがいまいち。今朝見たら、デザインの数が10種より増えていましたが、縦組みに対応するものがひとつもないし、もう少しバラエティがほしいですね。
■?■ たとえば、現在は“非公開”に設定してあると利用できないので、なるべく人には見られたくないというときにも、一時的に“公開”にしなければなりません。“ブログを本の形にする”というのはそれでいいのですが、逆に“こういうことができるのなら、ブログに書いて本の形にしたい”というニーズもあるはずですね。
■?■ 「字下げ」というのは、改行の頭を一字分空けることですが、これは印刷物の場合特別なケース以外は常識です。でんでんむしのブログもそうしてあります。それで、設定で「字下げあり」にしたところ、出来てきた本を見ると最初の1行を除いてあとは全部「二字下げ」になってしまいました。これは二重に変なシステムになっている。
■?■ やはり、PDFファイルでの編集や修正ができるようになっていると便利ですね。PDFファイルを見て、気になるのは写真などが入ると、微調整ができない自動的な組版のために、変な空きがあちこちのページにできてしまいますし、たった1行で1ページをとってしまうような場合にも、ちょっと直せばきれいに収まるはずですから。
■?■ 原則として、ブログの一項目が「改ページ」にならなければなりません。これは、処理ソフトのバグかなんかだろうと思いますが、ところどころ「改ページ」にならず、「追い込み」になってしまいます。これはブログで修正しようにもしようがないので、大いに困ります。
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たとえばこのブログを本の形にすると
 段ポールの板で梱包されてきたのは、2冊の本。(これは2冊注文していたからで、もちろん1冊でも注文はできます。)
 でんでんむしの場合、今回は最初のテストケースということで、PDFファイルを見て、これはどうかなというところがあっても、あえてそれは手をつけず(“つけられない”が、それをブログの方で修正対応することもしなかった)そのまま本にしてもらいました。
 これが、その本の表紙と、中を開いてみたところです。
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 判型は、A6・B6・B5の3タイプしかありませんので、ここではB6判にしてみました。本文はブログと同じく横書きにしてみました。縦書きにすると数字や欧文などで変になることも容易に予想されます。字体は明朝体。教科書体なども選ぶことはできますが、見出しだけ変えるとかはできません。
 見出しも本文も、字の大きさは選べません。これらは、マージンや行間やノンブルやページ割、版面、扉などなどをふくめて、編集の領域に関することはすべて“おまかせ”なのです。(なお、今度エキサイトブログで可能になった、文字の大きさや色指定などが、本にそのまま反映されるかどうかは未確認です。)
 長年編集者として、数えきれないほど本をつくってきたでんでんむしとしては、「こういう本づくりも気が楽で実にいいなあ!!」というのが、第一の感想でした。

おおまかのところはなかなかのでき
 表紙は、10種類の中からいちばん合いそうなものを選んだつもりでしたが、これはもっとデザイン選択の幅を広げないと困るだろうと思いました。
 製本はいわゆる並製本で、ハードカバーではありません。そうそう、当然用紙も選ぶことはできないお仕着せですが、表紙の紙はもう少し厚手のほうがよいかな、という感じです。見返しの貼り合せはなく、黄色い用紙が片面1枚だけ表紙と本文用紙の間に挿入されています。
 文字の印刷は、結構きれいに仕上がっています。オンデマンド印刷もここまできたか、という感慨があります。
 あ、そうそう。写真ね。
 写真はねえ。まあ、それなりです。でんでんむしブログでは写真はメモ代わりで通していますので、ゲイジュツ的写真もコンテストに出すような写真もありません。その意味では、これで十分なのです。そのうえ、ブログに載せるために、わざわざ一手間かけて解像度を落としてファイルを軽くしていますので、そのせいもあります。
 もし、写真をメインでとはいわないがもっときれいに出したいというときは、エキサイトのファイル制限ぎりぎりに容量を調整してみたほうがいいかもしれません。
 いずれにしても、こうも簡単に、これだけの本が短時間の間に、しかも1冊でもできるというのは、すばらしいことです。
 これで、でんでんむしが提唱する「個人史」も、ますます身近にできる方法論の範囲が広がったということができます。
 あ、いくらかかったのかって? 料金表は「MyBooks.jp」にも基本料金が掲示してあります。ページ数によって異なりますが、それといくつかの問題点については、また明日。(もったいぶるなって! イヤ、そういう問題じゃなくてね)
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まずエキサイトブログをPDFファイルに変換
 新規ユーザー登録できましたか? これは、実際に注文しなくてもかまいませんので、その気のある人は、とりあえず登録しておいても、多少の個人情報は書き込まなければなりませんが害はありません。新規登録ページではメルアドのほかに「ニックネーム」を聞いてきます。なんでしょうね、これは。IDとは違うんでしょうかね。こんなふうに、ページによっていろんな言い方をするので、初めての人はうろうろします。ファイル作成や印刷を申し込むときにも、設計者が要求する形式から少しでも外れると、いっこうにページが変わらず、止まってしまいます。こういうとき、どこがどう気に入らないのか、明記してくれればいいのですが、それもないと立ち往生してしまいます。
 ま、そのへんをつつくのはいいかげんにおいとかないと、先へ進めません。
 この「MyBooks.jp」は、「エキサイトブログの内容を、そのまま本にする」というサービスです。あ、これ昨日も言いましたね。ここで肝心なことは、この場ではまず、「エキサイトブログ専用」だということです。これを逆に考えると、ほかに自分が本にして残したいことがあれば、そのための目的でエキサイトブログに書き込む、ないしは別に新たなIDを取って新しいブログをつくればいいわけです。
 「MyBooks.jp」では、ブログをPDFファイルの形式に変換し、このファイルからオンデマンド印刷機で出力をし、製本しています。Adobeが提供しているPDFファイルは、もうネット上では広く使われているテキストや画像の表示形式ですが、Adobeのソフトを購入すれば簡単に自分でもつくったり変換したりすることができます。一般には、読み取り専用だけのソフトAdobe Reader(ついこの前まではAcrobat Readerといっていた)をどこからでも無料でダウンロードすることができます。
 「MyBoos.jp」だけを利用する場合にも、PDFファイルを自分で開いてみなければ始まらないので、Adobe Readerは必要です。

どんな本の形にするのかできるのか
 「MyBooks.jp」では、ファイルの作成を申し込まなければ、なにも始まりません。このときに、いろいろ本の体裁・仕様になどについて、細かく(といってもたいしたことはない)指定をします。
 たとえば、本の判型(本の大きさ)、表紙のデザインと色、縦組みか横組みか…といったことです。表紙などは10種類くらいとそのカラーバリエーションしかないので、そんなに選択の余地はありません。
 ブログをPDFファイルにするところまでは、何度でも無料でやってくれるのが、このサービスの基本です。というより、自分でPDFファイルをつくっても、ここではそれを本にしてくれません。「持ち込み禁止」なのです。
 あくまで、「ブログをそのままPDFに変換する」のです。これは、機械的にやるので、時間はホンの数分しかかりません。変換を申し込めばすぐに「PDF作成が終了しました。」というメールが来ます。
 そのメールには、「以下のURLでファイルをダウンロードしてご確認ください。」とありますので、そこからPDFファイルを取り込みます。
 それをみて、気に入らないからといって、自分で修正することもできません。もし、修正の必要があればブログの方を直したうえで、PDFファイルをつくり直して対応するしかありません。
 ブログの全部ではなく日付によって一部だけを選ぶことはできます。コメントなどをそのままつけることもできます。写真はカラーでそのまま入ります。

PDFファイルからオンデマンド印刷へ
 PDFファイルを確認して、これでいいよ、ということになると、ここで改めて印刷の申し込みをします。ここで支払義務が発生しますので、費用や決済の手続きが必要です。支払はクレジットのみです。ここではセキュリティの表示がなにもでないので、ちょっと不安になったりします。
 ま、いいかってんで申し込むと、こんどは「印刷オーダーを受付しました。」というメールがすぐに送られてきます。
 ここに料金の明細とともに「印刷オーダー番号」というのが示され、これはできた本の裏表紙にも印刷されます。つまり、本の管理はタイトルとかではなくて、すべてこの番号で行なっているわけです。
 印刷はオンデマンドです。オンデマンドとは「お気に召すまま」みたいな意味で、必要なときに必要な分だけ即時に対応します、というものです。そもそも印刷というのは、オンデマンドの精神とは対極にありました。一時に大量に印刷しておいて、少しずつ使うのが印刷物の方法で、多く刷ればそれだけ一部当りのコストは低減されます。だから、少部数しか必要ないというものでは使えない、すごく高コストになる、という宿命があったのです。オンデマンド印刷では、「一冊でもOK」。
 思えば、でんでんむしが、このオンデマンド印刷機と初めて出会い、その普及を待望してから、もう20年以上になります。随分と遅々とした歩みでした。出版社などではもう10年くらい前から、絶版本などの購入希望者へのサービスとしてやっていたものですが、なかなか一般に普及はしませんでした。
 コンピュータに直結して、そこからデータを送り、印刷して製本してハイできあがりというこの機械は、すばらしいものですが値段が高い割にはニーズが顕在化せず、先行投資するところが少なかったこともあるでしょう。
 この機械も徐々に進歩してきました。印刷もその初期に比べるときれいです。
 印刷オーダーをしてから、でんでんむしの手元に佐川急便で届くまで、4日しかかかりませんでした。
 さて、その出来栄えは…。それは明日のお楽しみ。(といって、もったいつけるほどのことではありませぬ)b0095231_8143465.gif
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「MyBooks.jp」とはエキサイトとは別のサイトです
 エキサイトが自身でやろうとしたのが「PDF出版」で、これは今でも“環境設定”のメニューのなかに残っていますが、エキサイト始まって以来これはずーっと“準備中”のままで、要するに使えないということです。
 実をいえば、でんでんむしがエキサイトでのブログを選んだのは、これがあったためでしたが、いっこうに始まらないのでイライラしました。
 それで、前の『重箱の隅でごろごろごまめかな』は、もう自分でやっちゃえ!と、ワープロソフト(ホントは編集ソフトも使えるのですが、それは一般的ではないので比較的誰でも使えるワープロソフトにした)でプリントして、丸善の“製本工房”という製本キットで製本したのです。
 その、経緯は、このブログに書きました。
 で、昨年後半から始まった「MyBooks.jp」のサービスですが、これはエキサイトが別の会社と単に提携しているものです。つまり、エキサイトと「MyBooks.jp」は、まったく別の会社です。
 エキサイトの“環境設定”のページを開くと、“MyBooks”と“MyBooks.jp”のバナーとその下の“マイブログを製本”というのがありますが、これはどれを押しても同じで、ここから“ MyBooks あなたのブログをブログ本に作ってみませんか?”のページに飛びます。ここではStep1から5までの概略説明があります。
 このページの一番下に「MyBooksへ」というボタンがあります。これをクリックしたところで、エキサイトを離れて「MyBooks.jp」のサイトに入ります。

「MyBooks.jp」はなにをするところなのでしょうか
 ここではまず、「ユーザー登録」をしなければなりません。「ユーザーID」と「パスワード」は、エキサイトのものとは、まったく別にしなければなりません。
 でんでんむしの記憶では、このサービスが始まった日に、さっそくやってみたのですがなかなかうまくいきませんでした。その原因は、推測ですが、最初にエキサイトと同じIDを入れたからかもしれません。だって、こういうのって際限なく増えていって、収拾がつかなくなります。なるべく同じにしておきたいと、誰でも思うじゃありませんか。
 もし、この二つの欄にエキサイトのIDなどが、出てきたとしても、それは削除して新たなものを入れたほうがいいでしょう。
 この新規ユーザー登録からしてが、なかなかややこしいですね。今回もまた、すんなりとはいきませんでした。一発では、まずうまくいかないようですから、しつこく試してみてください。何が原因かよくわかりません。おそらく、エキサイトとの連携がいまいちうまくないのだと思われます。
 それなら、エキサイトとは関係なく「MyBooks.jp」のサイトにアクセスすることもできるのですが、それでは「エキサイトブログを本にする」(つまりエキサイトにも手数料が入る)というビジネスモデルが成立しません。
 なんども試して、再起動し直したりして、やっとできた、とだけ報告しておきましょう。
 単純なことほど面倒でわかりにくいということは、世の中にはよくあります。それは、こういうページやシステムを設計する人が、自分の頭の中だけのイメージでそれをつくっているからです。
 このページもそうです。決して親切とはいえません。
 とにかく、この経験からいうと、エキサイトのIDとはかぶらないもの(一部だけの文字の変更や入替えなどは避けたほうがよい)、まったく別のものにするほうが確かですし、それをきちんとメモを取っておくのを、くれぐれも忘れないように。
 断りもなにもありませんが、ここから入る別のサイトを運営している会社は、一番下に書いてあります。
 「変換・印刷・製本・納品 欧文印刷株式会社 / 販売・運営・サポート イースト株式会社※Obunest(オブネスト)は、欧文印刷とイーストの共同事業名です。」とあるとおり、二つの会社の合同ビジネスらしいのです。
 つまり、どうやらわれわれは「Obunest」と彼らが称しているプロジェクトに参加することになるようですね。そして、これは「BizPalブログ本作成サービス」で、あなたのブログを本の形にしてくれるというものなのです。
 あ、だいじょうぶ。まだまだ、実際にやるかどうかここで決めなくても…。お金はいりませんから、もう少し中に入ってみましょう。
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 このブログは、終了していますが、臨時の追加更新をします。
 「ブログを利用して個人史を残そう」と提唱している当ブログでは、お金をかけなくてもできる方法として、パソコンのワープロソフトなどを使って、プリントアウトすれば、とりあえず記録ができる、というところから始めました。
 エキサイトの「PDF出版」なるものの展開にも期待していたのですが、結局これはものにならず、外部のシステムとの連携に切り替えたようです。
 それが「MyBooks」のサービスですが、でんでんむしも試しにやってみましたので、その結果を、明日以降順次ご報告します。
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 自分が“生きた証”というのは、むずかしく考えれば考えるほど、手出しができなくなる。それを突き詰めていくと、芸術や文学の世界のことのように思えたり、世の中的に価値のあるものでなければならぬような気がしてきて、シロウトはますますビビってしまう。
 そうなると、“わたしなんて書き残すことなどなにもない”という極端な自己卑下によって、なにもしないことを正当化しようとしてしまうことになりやすい。
 そこで、でんでんむしが提唱しているのは、なんでもいいから自分自身の記録といえるものを残そうということなのだが、その具体的な例として、あまり内容の深遠さや形式にとらわれず、まずはブログを利用して書き溜めることを試みてきた。
 なかでも、土地と場所の記憶は、一般的に誰でも書きやすいと思われる。ただ、ずっと同じ場所で暮らしていて、転勤も引っ越しもしたことがないという人にとっては、書きにくいかもしれないが、その場合でも方法はある。
 それと、もうひとつは旅の記録であろう。これはどんな人もどこかへ行ったという記憶をもっているはずだが、旅の記録をもっている人は少ない。ただのアルバムから一歩を進めるための例として、「でんでんむしの岬めぐり」を別ブログで始めてみている。これも人様に見ていただくためでなくもっぱら自分の必要によって続けているが、これが案外足跡と写真データの整理にもなって、有効なような気がする。
 土地と場所の記憶の記録、旅の記録…。もちろんそんなことだけで“生きた証”ともいえないことは、百も承知のうえで言っているのだ。
 ほんとうの生きた証は、もっと別のことかもしれない。仕事のことや会社のことや人間関係とか、もっとどうしょうもないドロドロとしたことや、心の奥底に秘めた懊悩や日々の生活の苦労や、家庭や親族のごたごたとか、そういったもろもろを背景として生きてきた人間にとって、実は書き残したいことは、別のことかもしれない。
 だが、それはそれとして、公表するようなことではないだろうし、書き溜める方法も別にしたほうがよいだろう。
 そうだとしても、とりあえずは表面的な事実関係や、わかりやすいこと、書きやすいことを、整理して残しておけば、それだけでもなにもしないよりははるかにマシである。そこから先はまたそれぞれの考えによって好きにすればよいことだ。
 重要なことは、100年後に「自分という人間がいた」ということが、どのようにしてわかるか、ということだと思う。
 それは、必ずしも自分自身のニーズではない。だが、それは自分自身の責任でもあるような気がしているだけである。そのためにこそなにがしか“生きた証”となる、あるいはその代わりとなりそうな記録を残しておきたい。そう思った。
 
 エキサイトブログ2周年。でんでんむし自身の記録も、おかげさまでだいぶ整理がついてきました。これをもってまずはひと区切りとすることにしましょう。b0095231_844372.jpg
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 14日は友引だった。今でもこういうことは厳重に守られているので、広島の叔母の葬儀と東京でのどうしてもはずせない重要会議が、その翌日に重なってしまった。なんとか義務を果たして早めに切り上げて駆けつけたが、叔母はもう骨になっていた。
 涙など見せるつもりはなかったのに、その白い布に包まれた箱を見た途端にこみあげてくるものが抑えきれない。自分の過ぎ去りし日々と叔母の思い出が、その瞬間に重なってしまった。
 府中町時代の思い出は、旧ブログでも結書いていた。たとえば、
 国道二号線
 初めて泳ぎを覚えた海
 「バタンコ」と「東洋工業」 
 消えた山と川
などがそうである。あれ前にはどう書いていたかしらと、旧ブログを検索してみるが、なかなかうまく拾い出せない。長いことほったらかしのこういうブログは、検索もだんだんできなくなるのだろうか。ぼつぼつこれの始末も考えなくてはならない。
 原爆後、祖父と高校を卒業するまでを過ごした広島県安芸郡府中町は、今でも安芸郡府中町のままである。広島市との合併話は中学生の頃からくすぶっていたが、いま周囲を全部広島市に取り囲まれながら町のままでいる。当時からいわれていた合併しない理由は、マツダの本社所在地であるため税収などで財政に比較的余裕があるからだと噂されてきた。
 その頃から、多少は住民税が安いとかいわれてきたが、住民としてとくに恩恵を感じたことはない。今がどうかは知らないが、無計画な乱開発と細切れの地面をそれぞれが勝手にしてきた結果として、なんともいえないごちゃごちゃとした景色と佇まいをつくりだしている。
 同じ府中町でもちょっときれいに整ったところもあるのだろうが、中心部からはうんとはずれたところにあって、町づくりの構想からもはずれているのだろうか。
 大阪へ東京へと流れていくともう、“遠きにありて思うもの帰るところにあるまじや”という昔の詩人の心境になってしまうが、それの原因の一つは、少年時代を過ごした場所が壊れていったなれの果てを、どうしても受け入れられないという気分がある。
 生前の元気な叔母の姿を見た最後になったのは、3年前に訪問したときになる。そのときに、いとこに頼んでホテルに帰る前に周囲をぐるっと車で回ってもらった。車内から撮った写真は、どうみても自分の暮らした府中町ではなかったが、唯一船越峠だけはほんの少し昔の面影を留めていたし、山陽本線の鉄橋のそばにあるあちこち欠けた石の橋の欄干がそのままにある。歩き回った山や、川止めをし小魚を追った川は、跡形もなく、懐かしくも美しい風景はもはや遠い思い出のなかにしかない。それは悲しくも痛ましいことで、見るに忍びないとさえ思う。
 多感な時代の舞台となった土地と場所を語るには、これまで書いたことだけでも不十分な気がするのだが、さりとて何をどう記録しておけばいいのか、何を残し伝えたいのか、どうにも整理がつかない。
 それが、ふるさとを捨てざるを得なかった流れ者の宿命なのだろうか。
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