カテゴリ:身辺雑記( 6 )

 エキサイトにお世話になるようになって、とうとう満2年になる。最初にコンセプトを決めて書き込みを始めたのは24日からだが、改めてあちらこちらのブログを覗いて、具体的に自分が使うブログをどこにするか、2004年の11月初めから研究を始めた。
 「重箱の隅でごろごろごまめかな」という題と、ブログの趣旨は、でんでんむしらしくてよいかな、と少し気に入って続けていたのだが、自分のIDを誤って削除してしまうというアクシデントに遭遇したのは、今年のゴールデンウイーク明けのことである。
 新しくエキサイトが始めたネームカードの設定をするさいのミスといえばこちらのミスでもあるのだが、当初の誘導システムの不備が原因であるし、そういう過誤にもとづく操作で身元が確認できるはずなのに、IDの復活ができないというのは、単なる管理者の横着のような気もしたが、なにしろこちらはタダで使わしてもらっているのだから、あまり文句も言えない。
 過去ログを削除してしまうわけにもいかないので、それはそのままにして、新しく変えて始めたのがこのブログだが、ぼつぼつ精算の時期がきつつあるかと、夏から収束態勢に入っている。こういう傾向は順繰りに繰り返すらしく、でんでんむしブログを始めた頃にブイブイいわしていたブロガーも、いまでは止めたりしている人も少なくない。
 エキサイトでは当初から「PDF出版」の看板を掲げており、これの行方を見届けたいという思いもあったが、結局これはものにならず、どうやら新しい「MyBooks,jp」に委ねるようだ。
 新し物好きとしてはさっそく試してみるが、これまたシステムをつくる側の勝手な思い込みでできているため、ユーザーの現状やレベルやに対応できていない。まだ全体がみえていないのに、いきなりPDFをつくれといわれても、困るだろう。PDFファイルを仕事でつくったり読んだりしていて、しかもブログを本にしてみようかという明確なニーズがあるでんでんむしでさえ、すんなりと入って行けないで登録さえできなかった。
 これも、このサイトの誘導システムが悪いからである。これでは、新しい多くのユーザーは開拓できない。だが、こういうシステムの不備で困ることは、ネット社会ではますます増えるのだろう。
 別に乗り換えるというつもりではないが、So-netのブログを始めてみたのも、ほかはどうなんだろうという興味半分で、この夏から始めた。こちらでも、お友達をつくろうという気は、はなからないので、コメントやトラバもいちいち応接はしない、ほかのを見てコメントを書くということもしない。
 当初はテレビ時評をテーマとしてやってみた。やってみて気がついたが、でんでんむしのテレビの見方には偏りがあるし、それほどまんべんなくいつもテレビを見ているわけではないので、ある程度やるともうおもしろくなくなる。
 そこで、かねてから懸案となっていた、HDのiPhotoデータの整理をかねて、「でんでんむしの岬めぐり」をメインに切り替えることにした。
 ところが、このSo-netのブログがまた問題で、エキサイトと比べて操作性が格段にいいとはとうてい言い難い。始めた当初から、どうかするとアクセスまでもたつくなあと感じていたのだが、今朝はとうとういくら待ってもサイトにたどりつくこともできない。
 こちらは、毎日岬をひとつずつアップして、データを整理して溜めるのが目的だが、朝の日課がいつまでも片づかないのは落ち着かない。しかたがないので、これを書いているが、今だにダメである。そういえば、So-netは突然メンテでアクセスできないこともあるし、どうもいまいちだ。
 だが、So-netのブログにも今のエキサイトと違ういい点(やはりいい点なのだろうな)が、ひとつある。今のエキサイトでは、新着のリストを常時見えるよう簡単に一覧で遡って探せるようにしていないので、誰かが一見さんが通りすがりにぶらりと訪問するということは、検索でくる人以外はほとんどない。見て読んでくれている人のすべては、リンクをつけている人とか、RSSで巡回している人とか、コメント・トラバ仲間とか、自然にできる小さなゆるいグループのメンバーに限られてしまうことになった。
 だから、多くの人に見てもらいたければ、せっせと出かけて行って、リンクを増やしコメント・トラバをこまめにつけて、相互に訪問しあう仲間を増やさなければならない。これが、エキサイトの考えるSNSなのかもしれないが、でんでんむし的にはそれもちょっと違うと思うのだ。
 So-netでは、これもカウントの実態がいまひとつ不明なのだが、新たに始めて間もないでんでんむしのブログでも、毎日70〜100件くらいのアクセスがある。しかし、コメントなどがつくことは、ほとんどない。もっともこれは、こちらが意図的にそれを期待しないで避けているということもある。
 カテゴリと使い分けも不便だ。たとえば、でんでんむしの場合、「テレビ」と「岬めぐり」ではまったく異なる。これを切り分け差配する「共通テーマ」というのがどうも使いにくい。二つやってみてわかったのだが、「テレビ」と「岬めぐり」では倍半分ほどページの閲覧数が違う。「テレビ」のほうが多いのだ。それもニュースとか報道ではなく、ドラマ(「ラ」にアクセントあり)なのだ。
 しかし、でんでんむしが見ていない話題の「ノダメカンタービレ」とか「だめんずうぉ〜か〜」や「セーラー服と機関銃」とか「14歳の母」などを、ムリしてみようとも思わないので、これももういいかげん適当にしておくことにした。
 ほかのSo-netのブログページも、ほとんど見ていないが、割とガキっぽいのが多い。エキサイトのほうは、まめに探せばおとなのブログもそれなりにあるようだが、これも全部調べたわけではないので、単なる印象の問題であろう。
 それにしても、しょっちゅうエキサイトからくる「あなたは利息を払いすぎていませんか?」メールには、いささかうんざりだ。結局スポンサーはそういうとこしかないのだろう。
 えー、So-netはまだつながりません。だめですじゃ、こんなことでは。
 ボーダフォンがソフトバンクになるというので、またこんなことが起こるんじゃないかと思っていたら、これも案の定、決して予想外ではない予想通りの展開だ。まあ、こちとらケータイもたない主義なので、関係ないけど。
 NHK-FMのMP2の木曜日担当(あ、今日だ)の矢口清治さんも「運転免許もケータイもない」といっていたが、ご同輩同類もいるのだ。
 ただ、でんでんむしはかねてからPDAのいいのが欲しいと思っているのだが、なかなかこれというものがまだ出てこないのだ。それがケータイになってしまう可能性は、否定しにくい。b0095231_7533212.jpg
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by den8den8T | 2006-11-02 07:53 | 身辺雑記
 これまで春海橋の辺りを歩いている人は、ユニシスの本社へ行く人で月島から歩く人がたまにあるくらいでほとんどいなかった。
 それが、なんじゃこの人出は…というくらい、急に人の往来が増えたのは、「アーバーンドックららぽーと豊洲」がオープンしたせいである。
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 ここも石川島播磨のドックがあったところなので、その遺構やクレーンなどをそのままシンボルとして残して命名されたらしい。最近あちこちにできている大型の複合商業施設だが、話題の「キッザニア東京」は、半年先まで予約でいっぱいなのだそうだ。食べ物屋も、行列しないでも入れるようになるまでは、まだしばらくかかりそうだ。
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 幅の広い晴海運河の北東端に位置し、晴海大橋の向こうにはお台場が見えるし、北側には佃島の高層マンションを望む。できたばかり、解放されたばかりのテラスはさっそく大勢の人で賑わっている。
 あと、春海橋側のマンション工事が終わり、新豊洲方面へのテラスが完成すると、晴海運河沿いに新しい散歩コースがまた広がる。
 沈む秋の夕日が、晴海の四角い塔に隠れ、日々変貌するメガシティの一断面を示すシルエットをきざみながら暮れていく。b0095231_8514637.jpg
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by den8den8T | 2006-10-12 08:54 | 身辺雑記
 S・キングが20年以上かかって書き続けてきた、彼自身がライフワークというこの本をやっと読み終わった。といっても、今本が出ているところまでだけで文庫で十数冊あって、まだ続きがこれから出るので、出ているところまでを読み終わっただけだ。その最後に、この解説に出会った。
 うまいこと書いている。でんでんむしがSFやファンタジーに魅かれてきたことも前の『重箱の隅でごろごろ…』で「SF」で検索すれば出てくるようなことをいくつも書いていた。比較する理由もないのだが、そこで書いていたことの根底は、まさしくこのとおりなのである。
 あんまり感心したので、備忘的に収録しておくことにした。
        *      *
ファンタジーと現実 養老孟司 (スティーヴン・キング『ダーク・タワーⅤ』--カーラの狼(下)-- 新潮文庫の解説文から(一部抜粋))

 (前略)
 ファンタジーは現実逃避か。英米人は現実家である。世界中に広がって、大きな顔をしているのを見れば、わかるであろう。世界を支配してしまう。そういう現実家たちのなかから、なぜファンタジー作家が排出するのか。そういう世界で、なぜファンタジーに人気が集まるのか。
 同じ文化に属す人たちが、一方で現実家となり、他方でファンタジーを好む。それなら現実とファンタジーは共通性を持つに違いない。実際にそうだと私は思う。現実世界における現実とは、じつはファンタジーだからである。その「現実」を唯一客観的な現実だと思い込むから、ファンタジーと現実とが相反するものだと思ってしまう。そうではない。現代社会の現実とは、人々の思い込み、人間の約束事に過ぎない。むしろ思い込みがほとんどだといっていいであろう。
 ホリエモンの事件は現実か。少なくとも私にとって、あれはまったくのファンタジーである。そもそも私は株の売買をしたことがない。株式とはなにか、それすら理解していない。社長も部長も課長も、私には関係がない。自分が捕まらない限り、検察ともなんの関係もない。子どもも同じであろう。その意味では私は子どもだが、「王様は裸だ」といえるのは、子どもなのである。
 ファンタジーを馬鹿げているとか、逃避だと思う人は、自分が現実を勝手に決めていることに、気づいていないだけのことである。社長の機嫌を損ねたら、出世が危ない。それを現実だと思っているものは、それを現実とみなさざるを得ない世界に住んでいるからである。そういう世界に住まなければ、はじめからそんな問題はない。だから私には、社長の機嫌を損ねるという問題もないし、出世が遅れるという問題もない。そんな「問題」は私にとって「現実ではない」。
 いわゆるフツーの「現実」を、私が知らなかったわけではない。そこでさんざん暮らしたからこそ、わかるのである。そこで暮らしていた時代も、ファンタジーは好きだった。どうせ約束事であるなら、目の前のけちな「現実」より、紙の上だけの面白い話のほうがマシである。……(以下略)
        *      *
 でんでんむしも、“子ども”という点においては養老氏とまったく同じくなので、「王様は裸だ!」と指摘することができる。そこであえていうのだが…。
 白髪頭ということだけならガンダルフにもサルマンにも似てる中央銀行の総裁という職責にある老い先短い老人が、不動産以外の個人金融資産だけで何億円も貯め込んでいて、それでも足りないのかホグワーツ魔法学校の悪役みたいなドングリ眼の銭ゲバファンドに出資もしてさらに儲けてる、というのもまったく現実的でない、驚くべきファンタジーであるなと、これにも感心していたところだったのであるが…。

 金もないこちとらで溜まっているものといえば、部屋のほこりとごみと「読めずにいる本」くらいなものだ。これで、いよいよだいぶ前から積ん読状態の『ブレイブ・ストーリー』(宮部みゆき・角川文庫)に、取りかかれるな。それが読み終わったら『ゲド戦記』(ル/グイン・岩波書店)と、これで“現実逃避”もけっこう忙しいのだけど…。b0095231_553337.jpg
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by den8den8T | 2006-07-04 05:54 | 身辺雑記
 隅田川テラス散歩の途中で採取してその種を蒔き、ベランダの鉢で育てていた紫君子蘭(アガパンサス)が、二年目の今年初めて大きな花を咲かせた。別にクロコスミアほどの思い入れがあってのことではない。単なる気まぐれである。
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 いささか僭称気味な和名は、この花に限ったことではないが、本家のような華やかさはない。紫君子蘭というのは君子蘭とは違ってもっと地味な花だが、花火のように四方八方に花弁を放射状に出した形がおもしろい。
 ベランダ園芸には限界があるので、はなから大それたことをするつもりはなかったが、どこまでできるか試しにやってみた。長屋の路地裏にも鉢物が所狭しと並ぶここ月島だが、まず案外にちゃんとした土を売っていないことがわかった。やっぱり埋立地なので土は貴重だ。スーパーにもガーデニング用腐葉土と称しているものがあるが、ごみの燃えかすのようでなにか違う。それに、いまだにこの関東の黒いべたべたした土には、なじめない。
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 最初、この黒土と腐葉土と称しているものを混ぜてつかっていたが、芽が出て葉が伸びたところで葉に白い斑点が出るようになった。そこで自分でコーヒー豆や昆布水・茶などのかすでオリジナルブレンドの土からつくることにして移し替えるなど、それなりに丹精した。
 種は蒔けば芽が出て花が咲く。こんな花でも、地上30メートルのベランダまで、蝶を招き寄せるというのも、なんだかすごいと思った。
 おまえさんもようがんばったのう。b0095231_683592.jpg
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by den8den8T | 2006-06-27 06:11 | 身辺雑記
 渡り鳥の去った月島川にも、こんな風景が見られた。
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 これがかるがもなのか、それともほかの水鳥なのか、それは実はよくわからんが、皇居の堀へのかるがものお引っ越しがテレビで報じられ話題になったのは、もう20年以上も前のことだったろうか。テレビも来なくなって、人々もそう珍しがらなくなってからも、かるがもの生活は続いていたのだ。
 先日の新聞によると、都会のビル街の小さな水場などで子育てをするかるがもは、あちこちで増えているそうで、しかもその理由が、人の目を自分たちを守るバリアに利用しているのだという。
 近頃の人間の世相を意識した記者の思い入れも、充分に反映したような記事だったが、なるほどそうかと思うところもあった。
 月島川といえば、この前の日曜日の『鉄腕DASH』では、両国からお台場まで、二人乗りカヤック三組がリレーして水上バスと競争するというのをやっていた。二組目の元オリンピック選手のカヤックが、船の波を避けるために急きょ勝鬨橋の手前で月島川の水門に目をつけて、ここから朝潮運河に抜けるという設定だったが、パドルタッチする次のカヤックが、ちゃんと朝潮運河の河口で待っているので、やらせがバレバレだった。
 『鉄腕DASH』は、前半の村で農作業するのはなかなかもしろい。後半のこういうのは、ばかばかしいといえばばかばかしい企画だが、案外これも嫌いではない。あのカヤックも、ここを通ったんだというような、極めてばかばかしいことでも、妙にちょっとだけほのぼの楽しく感じられるのは、どこまでもミーハーな故であろう。
 これじゃ、テレビの野球中継でネット裏の通路にわざわざ降りてきて、ケータイしながらカメラに向かってポーズするアホな連中と、なんら基本的には変わらんのよね。
 昨日6月12日は、アンネ・フランクが自分の誕生日を機に日記を書き始めた日であった。今、われわれが、こんなおバカな太平楽な日記をブログなどにして公開しているというのが、なにやら申し訳ないような気もして、襟を正すような気もする一方で、いやいやこれこそが望ましいことであるのだというような複雑な思いも去来する。b0095231_816017.jpg
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by den8den8T | 2006-06-13 08:17 | 身辺雑記
 エキサイト歴も、1年半になるけれど、今回はまた太っ腹企画を打ち出したものだ。合計1000万円の旅が当たるプレゼントキャンペーン開催中!というやつ。
 でんでんむしもネームカードが始まってすぐ登録設置していたのだが、100万円の旅に釣られてか、ここのとこどんどん増えているようだ。昨日見たトラックバックの数と、今朝見た数とでは倍まではいかないが大幅に増えている。それでも360くらいだから、まだまだこれからどこまでのびるだろうか。
 あ、でもまてよ。次の初めての締め切りからは、カウントされ直すにしても引き継ぐにしても、同じ人が続けてトラバする可能性が大きいし、登録者のすべてがトラバするわけでもないから、これがネームカードの会員数近似値ということにはならない。
 ま、そんなことはどうでもいいが、エキサイトの次なる戦略がほの見えてくる企画である。それに、容量が増えるという特典も写真中心のユーザーにはありがたいことだろう。しかし、でんでんむしのようなモジモジユーザーには、今のところあまり関係がない。
 ネームカードが真にSNSとして機能するように育てていくことができるかどうか、それはここに参加する人の資質傾向によっても、大きく左右されるだろう。
 で、それもこれも、まずはネームカードのメンバーを増やすとこから…ということなのだろう。いまいちよくわからないところ、使いづらいところもあるが、今後を見守っていきたい。b0095231_5355436.jpg
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by den8den8T | 2006-06-06 05:36 | 身辺雑記