カテゴリ:文章の書き方( 3 )

 やさしい文章を書くという意味では、いつも誰もが気にするのが、「である調か・ですます調か」ということだろう。はっきり言ってどっちでもいいのだが、のっけからそう言ってしまっては身も蓋もない。
 これも書く人の気分であったり、読む対象や発表する場所や、本人の好みであったりする。
 一般的にいえることは、いちおうある。
 「である調」の場合は、なんとなく硬い感じがある。「ですます調」にすれば、それだけでもなんとなくやわらかい感じがする。そこで、むずかしいことをわかりやくすく説明しようというときには、「ですます調」のほうがよい、ということになる。でんでんむしが編集者としてかかわってきた本では、その性質上「ですます調」が多数派であった。
 だが、著者のなかにはこれを嫌う人もある。書く文章のリズムが出ない、というのである。これにも一理あるので、そういう場合は本の趣旨に逸れない限り、無理強いはしない。「である調」だからむずかしい、わかりにくいというのは、必ずしもそうではない。同じように「ですます調」だからやさしいとは、無条件にいえない。というのも、それぞれもっと別の問題があるのだ。
 「奥さんに読んでもらうつもりで書いてください」というのともうひとつ、むずかしいことをやさしく伝えるためには「話すように書きあらわせばよい」というのがある。これは、あまり原稿などを書き慣れていない人に対しては、有効なアドバイスになることが多い。
 この場合、「話すように書く」というのは、話の筋を紡ぎ出すために考えているであろうことを、文章を書くときにも応用する、ということである。決して、日常の会話を再現するように、しゃべるとおりを書くというのではない。
 もうだいぶ昔の話だが、そういう持論をある著者としゃべっていたら、その人が「言文一致かぁ。あんたは昭和の二葉亭四迷みたいなもんじゃな」という。からかわれているのだが、真意はわかってもらえたようだった。もちろん、言文一致というのは、「である」も「ですます」も同じである。
 改めて思えば、日本人がこういう文章を書くようになってから、まだたったの100年と少ししか経っていない。それまでは、書く文章と話す言葉が完全分離していたわけだから、それも考えてみれば不思議な気がする。
 “文章を書くときにはよそゆきになる”、と書いたが、それはわれわれの先祖から受け継いだDNAがそうさせているのかもしれない。
 閑話休題。
 つまり、どんなむずかしいことでも、「奥さんに話すようにして書けば」わかりやすく説明できるはずなのである。ある意味、これも“でんでんむしの仕事の流儀”でもあった。
 しかし、個人史のように自分で自分のことを書き記す場合には、そもそも“むずかしいことをやさしく説明する”、というわけではない。読む人も、具体的には誰に読ませるとはっきり特定できない場合も多い。自分のことを書くのだから、あまりバカ丁寧である必要もないし、妙に改まって堅っ苦しいのも変だ。
 そういう点からすると、独白のような個人史などを書こうとするとき、あるいはそれを想定してブログなどを書くときには、「である調」「だ調」のほうが書きやすいだろう。独り言を「ですます調」の口語体で書くと、結構不思議な感じがしてくるものだ。それはそれで、味があるといえなくもないが、いささかキケンでもある。
 これの例外として、「聞き書き」という場合がある。これについてはまた改めて触れなければならないだろうが、この場合は話し言葉をそのまま生かしながら、その人が話すように文章を書いていく。当然(でもないが)、「ですます調」になる。このときは、目の前に誰かいて、その人に聞かせるように話すわけだから、また独特の趣があるし、うまく聞き取り聞き書きができれば、その人となりを表現する方法にもなる。
 聞き書きでつくられた本は、一般に市販されているものはそう多くはない。『バカの壁』とかいう数年前にバカ売れしたベストセラーも、そうだといわれているが、これは著者が書いたようなふりをしているが実はよく見ると編集者がそのお話しを聞いてまとめました、というものであって、本来の聞き書きとは多少別のことだろう。
 去年、でんでんむしが『ふつうの人の個人史の書き方・残し方』を出版したときに、それを買って読んでくれた友人のN氏から一冊の本をプレゼントしてもらった。お前さんと同郷の人だし、そういう本を書くんなら少しは参考になるかもしれん、というわけだ。
 大いに参考になった。『へくそ花も花盛り---大道あや聞き書き一代記とその絵の世界--』(1985 福音館書店 5500円)というのがその本で、絵本画家の画文集というかなり特殊なものである。誰にも買って読みなさいというものでもないし、聞き書きもふつうの人ではなかなかこうはいかないが、ひとつのモデルにはなる。
 聞き書きは、「自分では原稿が書けないが、話をするからそれをまとめてくれ」という場合、「うちのおばあちゃんの話、おもしろいんで書いて残しておきたいんだけど…」という場合などに使える方法である。
 個人史をまとめる、残すというときには、この方法で書くというのも大いにありである。
 似たような方法に、「口述筆記」というのもある。ひとつの熟語に収まってはいるが、「口述する人」と「筆記する人」は別人である。これも、一見すると書くよりもしゃべるほうが楽だわ、などと思いがちだ。ところがどっこい。これは筆記するほうはその通りを聞きながら文字にしていけばよいのだが、しゃべるほうに相当の能力と技が要求されるものであって、なかなか誰にもできることではない。
 今は昔、バブルも華やかなりし頃、何十冊もの著書がある、さる著名な経済評論家に、単行本の執筆を引き受けてもらったことがあった。原稿の締め切り日に送られてきたのは、カセットテープだった。これをテープ起こしに回して文字にしてみると、ちゃんとした原稿になっていて、しかも分量もぴったり一冊の本になった。
 これには、恐れ入ったものだ。
 いや、ほんとにね、やってみれば…、いや、やろうとしてみればわかりますが、こんなふうにはできないもんなんですよ。
 これこそ「話すように書く」ということ…、いやまてよ「書くように話す」なのかな。どっちなんだろう。b0095231_542945.jpg
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 テレビドラマを見ていると、しばしば「ないない、そんなこたーないよ」「しないしない、そこでそんなことしませんって…」「ありえなーい」と、ひとり突っ込みをしてしまう。カタギのみなさんがお仕事中の平日の昼下がりなどに、おそらく再放送ばかりでテレビ局の手抜き時間の穴埋めなのだろうが、そういうドラマが多いのだ。
 こうみえても、若い頃一度フィクションの世界に入って仕事をしたいと思ったことがある。しかし、簡単に挫折してしまったのは、才能のないことを別にすれば、ありもしないこと、ありそうもないことを頭の中でこねてでっち上げるということが、どうにも苦手ということがはっきりと自覚できたからなのだ。
 作家が、己のわずかな体験をベースに、ごちゃごちゃと書くという日本の純文学にも、なかなかついていけない。私小説のようなものは、はっきりいって嫌いである。といっても、それが文学に関しては10代の読書体験止まりで成長しない人間がいうことではないが、まあおおむね変わることなく今日に至る。
 フィクションが書けるというのは、やはりそれはそれで特異な才能なのだ。たとえ、ヘンテコなドラマであったとしても、あんな話ふつー書けませんでぇー。
 では、ノンフィクションなら書けるのか。もちろん、それはまた別問題であるが、ものを書く作業の成果物を、フィクションかノンフィクションかで分けようという考え方も、もう古いのだろう。
 中間的な読み物が幅を利かせるようになって、最近なんともうらやましいのは“エッセイスト”という商売である。昔からの日本語でいえば、“随筆家”ということになるが、そもそも“随筆”とは何ぞや?
 『大辞林』によると「見聞したことや心に浮かんだことなどを,気ままに自由な形式で書いた文章。また,その作品。漫筆。随録。随想。」ということになる。
 えっ? それでいいの? じゃ、このブログなんかも、ほかのみんなが書いてるのも立派なエッセイじゃん。それなら、「わたしもなりたやエッセイスト」。一億総エッセイスト時代である。ブログは、その格好の修業の場であり、同時に発表の場であり得る。
 そういえば、この頃はカルチャーセンターみたいなところでも「エッセイの書き方講座」なんてのもあるらしい。“わたしもエッセイ、書いてみたい”そう思う人は多いのだろう。そういう教室で、何をどう教えるのかは知らない。
 だが、「文章の書き方」といった類いの本は、これまでに何十冊も読んでいるような気がする。ただ、これがよかった役に立ったというように記憶に浮かんでくるものはない。
 こういう本のなかには、かなりテキトーなのも多くて、いい文章を書くコツを知りたいと思って買って、一生懸命読んでいる読者に対して、「おせんなかすなうまこやせ」が名文の手本だとか、野口英世の母親が書いた手紙(中身は忘れた)こそがいい文章である、とか書いてあるのもあった。そんなんだったら、そもそも本読んだり文章教室に通ったりする必要は、まったくないということだろう。
 ひとつ、思い起こされるのは、そんななかで通奏低音のように流れをなしていたのが「ありのままに書く」ということではなかったか。作文教育のなかで写実主義の本流が支配したとか、そういう問題かどうかわからないが、よく代名詞的に使われる「小学生の作文のような書き方」が生まれた背景は、そんなことかもしれない。
 ありのままを書こうとすれば、日本中が貧乏であった時代、作文でそれぞれ家の貧乏を競うようなこともあって、親が学校に苦情を申し立てるといった話をどこか何かで読んだ記憶もある。前にでんでんむしの原体験として小学生時代の猫の作文について書いたことがあるが、このときも事実を観察して、ありのままの猫の姿を、自分なりに懸命に描こうとしたのだろう。貧乏ではなく、無難な猫を題材にしたところはさすがである。
 でんでんむしの主張もかなりいいかげんで、前回触れたように文章の書き方などには、特定の基準はそう必要ないと思っている。そこでも「あるがままに」とつい書いてみたが、それが唯一絶対でもないことは明らかなのだ。
 第一、ほんまに「ありのままに」書いたりしたら、えらいことになりまっせー。
 なんとかネーゼやかんとかセレブのように、カネにあかせて虚飾をまとわりつかせることはしなくても(できなくても)、人は誰も普段着のように外見を装って暮らしている。多少は内面を覆い隠して、生きているものである。
 そんな人間に、戦後に流行ったクソリアリズム映画のように「ありのままに書け」というのが、正しい指針であり、適切なアドバイスであるとは思えないではないか。
 自分が知っていることを、そのままさらけ出して書くのがブログではあるまい。考えていること思っていることのありったけを、遠慮会釈なく吐露するのがエッセイではないだろう。
 気取った言い方をすれば、書くということはいかに書かないか、ということに通じる。あるがままに書くのではなく、何を書いて何を書かないか、こうは書かなくてどう書くか、そこに常に煩悶があり、産みの苦しみがあるともいえる。
 その思考過程としていくつもの選択肢があり、どれを選ぶか迷いながらどれかに収斂されていく、そうして最終的に出力された結果に、書く人の真実がにじみ出し表れる。それを表現というのであろう。
 昔、広島にいた頃、誘われて「ひろしま随筆」という名前だったか、短期間同人誌に参加していたことがあった。でんでんむし唯一の同人誌体験だった。すぐに東京に行ったのでその後は知らないが、あのときの仲間はどうしているのだろうか。
 モンテーニュも、まだ『随想録』という題が当然だった頃、岩波文庫を買って読んだことがあるが、内容はいまいち記憶に残っていない。近頃ではこれを『エセー』というのが流行らしいが、これとかルソーなども、今読めばまたもっと別の感想があり、感慨がわき出るのだろう。
 若い頃、わけもわからずにいいかげんに読み捨てたきりで、そのままになっている本も多いが、それらを手に取り直してみることも、改めて自分の表現につながり、今こそ資するときなのかもしれない。
 モンテーニュが問いかける“Que sais je?(ク・セ・ジュ)”(わたしは何を知っているか)は、今こそ自らに聞かなければならないような気が、これを書いているうちにしてきた。b0095231_8271660.jpg
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 「キミねー、やさしく書くのはむずかしいんだよ」
 まだ、駆け出しといっていい編集者だった頃、ある執筆者にそう言われたものだった。ええ、そうですねと素直に同意したほうが、その場は丸く収まるというくらいの知恵はあったので、あえて逆らわなかったが、「ホントにそうだろうか?」という内心の疑問は、長くでんでんむしの課題ともなった。
 わかりやすい原稿を書く、やさしい読みやすい本をつくる、ということは、現在でこそそう特別なこととは思われていないが、1960年代初め頃にはそうではなかった。本では、もう少し前の50年代の終わりに神吉晴夫が光文社で始めた『カッパ・ブックス』をもって、その嚆矢とするのではないか、と個人的には思っている。雑誌では、それよりまた以前になるが花森安治の『暮しの手帖』あたりが、活字の文章をやさしい表現にすることについては先鞭をつけていたのではないか。これもまた、極めて限られた個人的体験によるもので、出版文化史的観点からは異論があるかもしれない。
 いずれにせよ、本や原稿を書くという人種が、一部のいわゆる文筆家や学者などに限られていた時代には、自分の書いた文章が活字になること自体がステータスであり、内容も表現もなるべく高尚であることが自然に求められていたといえる。早い話が、生硬な専門的研究論文のようなものでないと活字にする価値はなく、「やさしく書け」などということは「オレをバカにしてんのか」といった反発さえ招きかねないことだった。
 「キミねー、やさしく書くのはむずかしいんだよ」という言い方の言外には、そういうニュアンスがぶらさがっていたとしても不思議ではない。
 専門的なむずかしいことを、一般の読者向けにやさしく解きほぐして説明する…それがでんでんむしが勤めた出版社の創業経営者の、ひとつの方針でもあったが、その当初からやさしい出版物を出していたわけではない。読んでみても、およそチンプンカンプン。経営管理や税務経理の素養もなくまったく無知な人間が、編集者としてそういう専門領域に放り込まれて、苦労しないわけがない。自社の出版物や原稿に書いていることを理解するのに、本棚の本をいろいろ探して読むが、これがまた専門書ばかりでわけがわからない。用語辞典を頼りに読んでも、その用語の解説がこれまた難解でわからない。
 こうしてむずかしい文章を読んで、そのいわんとするところをつかみとり、理解に努めるところから、でんでんむしの編集者修業は始まったのだ。
 世の中の本や雑誌が、全部むずかしい専門書や専門雑誌ばかりだったわけでは、もちろんない。さまざまなジャンルごとに、読者の階層レベルに応じた出版は、当然ながら戦前からも盛んであった。そうしたいくつもの流れのなかで、強く印象に残っていた雑誌があった。中学生の頃購読していた、誠文堂新光社発行の『子供の科学』というモノクロながら写真がたくさん入ったA4判の薄い雑誌がそれで、わかりやすくやさしくするために「百聞は一見に如かず」をモットーにしているようなところがあった。当時からそういう題だったと思うが、その後の『子科』とも、ちょっとイメージが違っていたようで正確には記憶が定かでない。
 ついでにいうと、この出版社をつくった小川菊松は、敗戦直後すぐに『日米會話手帳』を出して歴史的ベストセラーにした伝説の人物である。さらについでをいうと、間接的なおかつ一方的にながら、でんでんむしが編集者として学ぶところが多かったと思っているのがここにあげた三人、神吉晴夫と花森安治と小川菊松なのだ。だが、それはまた別の話。
 税法など法律を読んで勉強になったのは、文章には合理的な組み立てというものがある、ということだった。解釈に疑問を残さないように、精緻な表現が最優先されていて、まるで寄木細工のようだ。それはわかりやすいこととは無縁ながら、その文章構造を分解しながら自分でわかるように組み立て直してみたり、それを図解してみたりしていた。これが、わかりやすい表現を自分なりに考えるという点でも、図解そのものの表現方法を編み出すという点でも、とてもいい訓練になったような気がする。
 それと木を見ず森を見る、ちょっと離れたところから対象がどう見えるか眺めてみる。鳥になって少し高みから俯瞰してみる。つまり、細かいところにとらわれず、“早い話、要するにどういうことか”というところから入っていき、徐々に木にも目を向けていく…。
 対象を客観的にみて、そのように書くということだ。そういう手順と気持ちで表現することを心がければ、やさしく書くということはさほどにむずかしいことではないはずである。少なくとも、むずかしく書こうとするよりはやさしい…。
 もともと「ド」がつくシロウトだからそういうことが平気で言えるのであって、専門家や偉い人というのはそういうわけにもいかないらしい。
 専門書でもわかりやすい本があってもいい、あるべきだ。ほんとうに役に立ついいハウツウ書こそ読者が求めるものだという考え方で、随分いろいろなことを試みてきた。長い間、わかりやすくやさしく書いてくださいという注文をつけてきたものだが、そのたびに“やさしく書くのはむずかしい”という台詞を何度も、何十回も聞かされたものだ。
 単なる挨拶ではなく本当にその人がそう考えて困っているらしい、と思ったときには、こちらにも決め台詞がある。
 「奥さんに読ませてあげるんだというつもりで書いてください」
 まあ、「奥さん」にもいろいろあるはずだが、だいたいはそれで納得してもらえた。
 でんでんむしが雑誌の編集から変わって、本づくりの仕事に携わるようになってから、もう35年も経つ。この間に、書店店頭に並ぶ本も随分と様変わりしてきたものだ。やさしく書かれた本もたくさんある。昔は、完全に差別されていた「ハウツウ書」も、今では「ノウハウ本」とかいわれてちゃんと一定の市民権を得られるようになってきた。これから勉強したいという人には、どんな分野でもいい入門書にはことかかない。中間的な読み物もたくさんあり、店頭で目移りして選択に困るほど、おもしろい本も溢れている。それに、「奥さん」のほうが著者になっていることも多い。
 断っておくまでもないが、わかりやすい文章云々は、純文学とはおよそ縁がない。そういえば、この言葉もこの数十年で“純喫茶”と同じくらい影が薄くなってしまったようだ。b0095231_6341794.jpg
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